龍ヶ崎八坂神社( 茨城県

所在地:龍ヶ崎市上町
彫師:常陸国筑波作 棟梁 関口喜平次
彫物製作年代:享保20年(1735)

龍ヶ崎市上町の八坂神社は源頼朝の家臣下河辺政義公が、文治二年(1186)に領地龍ヶ崎市貝原塚の領民をひきつれ、沼沢の地であった根町を干拓した際に、貝原塚の鎮守神社であります八坂大神を祀ったのが草創と伝えられる。
 下河辺氏は竜ヶ崎氏とも称されて、250年余りこの地を治めたが結城合戦にて滅亡した。代わって信太郡信太庄の地頭土岐原秀成の治めるところとなり、現竜ヶ崎二高の台地を城となし子孫土岐胤倫は、竜ヶ崎第二干拓を行い、誕生した良地の上町の当地に天正五年(1577)に根町より八坂神社を遷し奉った。関東三奇祭の一つ、当社祇園祭りの神事「撞舞」はその頃より行なわれていると伝えられる。御祭神:建速須佐鳴神(たけはやすさのをのかみ)、奇稲田姫神(くしなだひめのかみ)(神社パンフレットから)

現在の本殿その他の建造物は、正徳5年(1715)幕府旗本として八代将軍吉宗にも仕えた、土岐氏の孫土岐信濃朝治が奉納したものです。ご社殿は、享保元年(1716)着工〜享保20年竣工という、20年の歳月をかけて作られたものです。棟札には享保20年(1735)9月23日「常陸国筑波作 棟梁 関口喜平次 高嶋喜三郎」 以下大工・木挽きなどの名前が書かれており、当時の高名な宮大工が建築した元禄文化の粋であります。(神社HPから)
本殿の胴羽目三面は二十四孝の山谷、大舜、剡子だが、主題のほか下の端に門付芸人がそれぞれ彫られているのがユニークだ。
© 2008 Wakabayashi Jun. All rights reserved.