高千穂神社( 宮崎県

所在地:宮崎県高千穂町
彫師:棟梁 大分鶴崎・牧義右衛門
彫物製作年代:安永7年(1778)

当宮は初め高智保皇神(たかちほすめがみ)と申し上げて、この地に宮居をさだめられた天孫瓊々杵尊(ににぎのみこと)、木花開耶姫(このはなさくたひめ)以下三代の神々をお祀りし、千百余年前の仁明、清和両朝には日向国最高の御神階が授けられたことが六国史に記されております。神武天皇の皇兄三毛入野命(みけぬのみこと)が御東征の途次高千穂に帰られて日向御三代をおまつりされたのが初めで、その子孫が長く奉仕されて後には三毛入野命(みけぬのみこと)御夫婦と八柱の御子とを合祀して十社大明神の神名で親しまれ、古くより高千穂八十八社の総社として崇められてきました。(境内由緒書から抜粋)

本殿は五間社流造りの大規模な社殿で、安永7年(1778)に延岡藩主内藤政脩が再建したもので、国の重文に指定されている。造営時の古文書から棟梁は大分鶴崎の牧義右衛門。東の脇障子に三毛入野命が荒神である鬼八を退治している彫刻は大迫力。西の脇障子の所には稲荷社が建てられているのは、宮崎県北部や大分県南部に数例しか見られない独特の様式。他にも西の妻部には藤棚に猿、蟇股には鉄砲で猪も狙う猟師ほか他では見られない意匠の彫物があるが、社殿が大きいので脇障子の三毛入野命の彫物以外は目立たない。
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