須佐能袁神社( 福岡県

所在地:福岡県久留米市
彫師:村石繁蔵
彫物製作年代:明治19年(1886)

須佐能袁神社は呼び名の通り素戔鳴尊を主神としてお祀りしております。須佐能袁神社は、建久八年(1197年)平家討伐に軍功があり、源頼朝から筑後国在国司・押領使に任じられていた竹井城主草野太郎永平が京都の八坂神社より勧請し、創建したと言われます。当時、草野祇園社といい、草野家代々の守護神として崇敬厚く奉祀して来たったのです。草野家が滅亡し、代わって草野町民の手により今日まで氏神として奉祀してきました。明治4年に神仏分離の政令により、今の須佐能袁神社(通称:ぎおんさん)と称するようになりました。(須佐能袁神社HPから抜粋)

本殿、拝殿、楼門は県指定文化財。楼門と社殿は明治19年(1886)の再建。棟梁、岡崎吉兵衛で、楼門、拝殿、本殿の彫刻は、村石繁蔵の作。村石繁蔵は大川市出身で、幕末から明治にかけて大川、久留米周辺の社寺の彫刻や住宅の欄間などを手懸け、今も盛んな大川木工、大川家具の魁の名匠のひとりといわれている。楼門には、霊獣、動物の彫物に交じって、高砂の翁と嫗、瓢箪から駒、鶴に乗る費長房(黄鶴仙人)、鯉に乗る琴高仙人、亀に乗る廬敖か黄安、温公瓶割りなど、軒を支える力士像もある。拝殿、本殿も人物彫刻(二十四孝(董永、孟宗、王祥)大黒、猩猩など)もあるが、数は少なく霊獣と動物彫刻が多く、龍(飛龍、龍馬含め)の彫刻が多い。
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