身延山 清正公堂( 山梨県

所在地:山梨県身延山
彫師:伊豆松崎 小澤半兵衛邦秀
彫物製作年代:

日蓮宗総本山の身延山の山内にある。文化年間(1804〜17)に建立された南谷教泉坊を、文政年間(1818〜29)に現在地の逕泉坊境内に再建し、清正公を奉祀している。 戦国武将の加藤清正を神と信仰する清正公信仰は、加藤清正没後、熊本の本妙寺で神として祀られた。清正の肥後熊本における仁政、武人として、あるいは虎退治の超人ぶり、熱烈な法華教信者として日蓮宗信仰と結びつき、江戸時代から明治にかけて全国的に広まった。

清正公堂の向拝、内部欄間には、伊豆松崎の小沢半兵衛邦秀、喜道永秀、徳蔵俊秀の手になる彫刻がある。内陣欄間には、鳳凰と天女、外陣には、書と囲碁、向拝には正面水引虹梁上には高砂、海老虹の昇り龍、降り龍。ここには仏が隠し彫されているという言い伝えがあるという。手挟みには鶴に乗る王子喬と空を飛ぶ列子などが見応えがある。境内にある教育委員会の解説板に「喜道永秀は一仙のこと」と書かれているが、一仙の弟で三嶋大社を半兵衛邦秀とともに手掛けた次男の富次郎(希道、永秀)のことだろう。
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