天昌寺( 新潟県

所在地:新潟県南魚沼市
彫師:武州熊谷 小林源太郎
彫物製作年代:嘉永7年(1854)

越後三十三観音礼所十二番の曹洞宗雲洞庵の末寺。養老6年(722)藤原鎌足の曽我房丸公が泰澄大師に懇願して彫らせた聖観音を本尊としたと伝えられている。寛元年間(1243〜)北条時頼により越後観音札所十二番霊場と定められる。延徳2年(1490)に無住となったものを、雲洞庵七世禅実和尚を請し曹洞宗寺院として復興。寺宝の三体の仏像は鎌倉時代のもので、県の文化財。雪国の風土を記した『北越雪譜』の「寺の雪崩」の舞台になっている。

本堂外陣には10面の欄間がある。正面天昌寺の寺号の額下の龍、その両脇の鳳凰と龍馬の3面の欄間は、寛政3年(1791)細貝正常、和田職常相作。ほか7面の欄間は、嘉永7年(1854)武州熊谷の小林源太郎作。左から梅福仙人図、静玄夫人図、祝鶏老翁図、大真王夫人図、盧教仙人図、牡丹獅子図、子引獅子図。この7面の欄間は、塩沢町(現・南魚沼市)文化財に指定されている。源太郎作の中で最も大作といわれている。
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