吉田諏訪神社( 新潟県

所在地:新潟県燕市吉田上町
彫師:越後間瀬:原嘉左衛門・田中三衛門・田中要蔵
彫物製作年代:文政13年(1830)

 燕市教育委員会の解説板から、「御祭神は左座・大山祇命、中座・健南方命 (諏訪大明神)、右座・大日霎命。創立年代不詳なるも当地の産土神。元禄9年(1696)の社殿造営を機に、諏訪宮に十二神または大保権現と神明社を合祀し、諏訪神社となった。文政13年(1830)、社殿を改築して遷座,総ケヤキ造りで彫刻も多く、近郷近在の神社建築の手本として存在していたと思われる。」
建築を担当したのは,技術の高い大工を輩出することで知られた間瀬村(のち岩室村、現在新潟市)の篠原嘉左衛門・田中三衛門・田中要蔵を中心とする職人であった。この三人は江戸で第十一代将軍徳川家斎に召されて寺社建築に活躍した名工であると、神社の由緒書にある。この3人の誰かが彫物を担当したのだろうか。

最初拝殿向拝に三頭の龍がいるのが見えた。さらにその奥の社殿正面の蛙股を見てびっくり。3つあるうちの1つが籠の中に鶏が籠彫になっていて、望遠でアップでみて籠彫とそれを見てる子供たちの表情のすばらしさ。他の2つもよかった。左右両脇は1枚が人物で他は鳥類だ。正面の4枚の蛙股に時間がとられ、本殿は覆屋でガラス越に胴羽目に彫物が見えるのだが、ガラスが汚く撮影しずらいので、今回は拝殿だけであきらめた。
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