秩父神社( 埼玉県

所在地:埼玉県秩父市
彫師:伝・左甚五郎
彫物製作年代:天正20年 1592年

 日本三大曳山のひとつ秩父夜祭で知られる古社。御祭神は、八意思兼命(やごころおもいかねのみこと)、知知夫彦命、天之御中主神、秩父宮雍仁親王の四柱。平安時代の「先代旧事本紀、国造本紀」に、崇神天皇10年(紀元前87年)知知夫国の国造である八意思兼命の子孫である知知夫彦命が、八意思兼命を祀ったことに始まるとされている。『延喜式』にも掲載されるなど、関東でも屈指の古社のひとつ。中世以降は秩父平氏が奉じる妙見信仰と習合し、秩父妙見宮として親しまれたが、明治の神仏分離により秩父神社の旧社名に戻った。

 現存の社殿は、天正20年(1592年)に徳川家康が寄進。拝殿、幣殿、本殿が一体となっている権現作りの社殿は、彩色された装飾彫刻で飾られている。『埼玉県指定文化財調査報告書』「秩父神社社殿」には、「天正20年(1592)に徳川家康の援助を受け再建したのち、天和2年(1682)に増改築、そのときに現拝殿の彫刻は本殿から転用され、本殿の彫刻を新たに付加したと推測される。」と記されている。神社が説明板で解説している4つの彫刻、子育ての虎、繋ぎの青竜、北辰の梟、お元気三猿のうち、虎と龍は左甚五郎作と言伝えられている。ほかの彫物もいずれも見応えがある。特徴としては七福神や仙人などの人物的な絵柄と龍、猿、梟、虎などの動物的な絵柄が混在している。天正20年はまだ秀吉の時代で朝鮮に出兵した年で、家康は留守番、関東で力を養っていた時。天和は犬公方の5代綱吉の時代。
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