岩久保観音堂( 長野県

所在地:長野県諏訪市四賀山崎
彫師:大隅流 柴宮長左衛門矩重
彫物製作年代:寛政5年 1793年

 戦国時代諏訪氏の支城だった桑原城の鬼門除けとして古岩久保の地に観音堂が作られた。寛政5年(1793)現在地に移転。厨子と格天井は移築され観音堂は、大隅流・柴宮長左衛門矩重が棟梁となり建立された。岩久保観音堂は人家の横の細い山道を上っていくと、仁王門がありさらに数段の階段を上ると観音堂がある。諏訪湖はみえなかったが、諏訪の町並みが望め風が通り気持ちのよい境内だ。観音堂の周囲には石仏が多数あり、さらに階段があり不動堂がある。

 観音堂の彫物は、向拝の中央は松と鷹と竜、海老梁に昇り降り竜、手挟みが亀、欄間に獅子などがある。欄間には盗難除けの鉄の柵が取り付けられている。右側のが他とくらべ新しいようにみえるのは盗まれ後から取り付けたものだろうか。延享4年(1747年)生まれの柴宮長左衛門、安永8年(1779)諏訪大社春宮、寛政元年(1789)水上布奈山神社の後、50歳の頃にこの観音堂を手がけている。最もあぶらの乗り切った頃の作品だ。
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