津金山海岸寺( 山梨県

所在地:山梨県北杜市上津金
彫師:立川和四郎富昌
彫物製作年代:弘化2年 1845年

 海岸寺の創建は、養老元年(717)行基菩薩が庵をかまたのがはじまりと伝えられている。天平9年(737)には、聖武天皇より「光明殿」の勅額を賜った。応安年間(1368〜1375)鎌倉建長寺から石室善玖和尚を招き、律宗から臨在宗と改め海岸寺の開祖とした。織田信長の甲斐侵攻のさい、堂塔ことごとく焼き払われたが、徳川の時代に再興された。
 仁王門、鐘楼を潜ると本堂と庫裏がある。境内には石仏が150体ほどある。ほとんどが高遠の名工守屋貞治によって彫られている。そして石仏を眺めながら本堂左手奥に行くと、急な石段があり登りきると観音堂、大悲閣がある。

 観音堂は、弘化2年着工から20年かけ建立された。諏訪の立川流2代目、立川和四郎富昌によって建てられた。市指定の文化財に指定されている。桁行10.9m梁間9.21m、入母屋造り妻入り向拝付き茅葺の建物。向拝には竜、獅子、獏などの彫物があり、欄間には虎と董奉などの仙人などの彫物が素晴らしい。そして観音堂の4面の蛙股には十二支の動物などの彫物があるが、正面には立川流の特色である粟穂と鶉の彫物がある。粟穂と鶉も見事だが、そのほかの動物たちもリアルで見事だ。
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