乙川八幡社( 愛知県

所在地:愛知県半田市乙川殿町97番地
彫師:名古屋御彫物師 早瀬長兵衛吉政
彫物製作年代:文政9年 1826年

 御祭神は、応神天皇(おうじんてんのう)神功皇后(じんぐうこうごう)厳島姫命(いつくしまひめのみこと)多岐理姫命(たぎりひめのみこと)多岐都姫命(たぎつひめのみこと)速玉之男命(はやたまのおのみこと)予母都事解之男命(よもつことさかのおのみこと)菊理姫命(くくりひめのみこと)。江戸時代までは、入水上神社、入水上八幡宮と称していたが、明治になって乙川八幡社となった。創建の年代は明確ではないが、大永2年(1522)の再建棟札があるので中世に遡れる。現在の本殿は文政9年(1826)の建立。
 車道から鳥居をくぐり、長い参道を行くと赤い鳥居が出てきて、その先に拝殿がある。鳥居の手前の左手には山車庫がある。半田は各地の山車が見事なようだが、乙川の山車は中でも最大規模を誇っているそうだ。

 本殿は風雨日差しから守るために覆い屋に覆われている。文政9年(1826)再建の本殿は、大工棟梁は横松村・岸幕善兵衛賢隆、當村・椙浦五左衛門友近。彫物は名古屋御彫物師・早瀬長兵衛吉政。早瀬長兵衛吉政は、尾張徳川家関連の神社寺院、霊廟の彫物を手がけ、寛政8年(1796)尾張徳川家から御の字の使用を認められ、御彫物師を名乗った。名古屋周辺の社寺のみならず山車彫刻も手がけ、名人彫長といわれた。
乙川八幡社本殿の彫物は、全面に様々なテーマの彫物が施されている。中でも海老虹梁の龍は、彫長快心のものといわれている。関東の九似の龍をリアルに表した彫物と違って、重厚なかんじがする。鳳凰、獅子なども見事であり、乙川八幡社の彫物は、彫長の代表作のひとつといわれている。
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