野木神社( 栃木県

所在地:野木町野木
彫師:星野政八、二代石原常八、磯部敬信
彫物製作年代:文政2年 1819年

 応神天皇の皇太子である莵道稚郎子命を主祭神とし、誉田別命(応神天皇)、息長足姫命(神功皇后)、宗像三女神を配祀する。創建は仁徳天皇の時代、奈良別王が下野国造として下毛野国に赴任したとき、莵道稚郎子命の遺骸を奉じて祀ったのが始まりといわれている。その後、延暦年間(平安時代)に坂上田村麻呂が蝦夷征伐からの帰途、現在地に社殿を造営し遷座した。弘安年間(鎌倉時代)に配祭の五神が祀られた。
下野国寒川郡七郷の総鎮守とされ、江戸時代には古河藩主土井氏の崇敬を受けて古河藩の鎮守・祈願所とされた。明治5年に郷社に列した。
 境内には、田村麻呂の手植えと伝えられるイチョウの木(推定樹齢1200年)がどっしりと根をはっている。陸軍大将乃木希典が、姓と同じ読みであることから何度か当社に参拝し、陣羽織などを奉納している。

 現在の社殿は、文政2年(1819年)に土井利厚によって再建された。山県有朋の書による社額もある。拝殿は、向拝部分に彫物がる。3匹の龍が迫力ある。彫師は龍の裏の銘に、石原常八主信とあり二代石原常八の作。本殿は2面の胴羽目に中国の故事の彫物があり、蛙股の下の獅子が凝っている。胴羽目彫物に磯部敬信の銘が入っている。棟札には彫物棟梁に星野政八藤原昌真の名が最初にあり、石原常八藤原主信は3番目にあるが、磯部敬信の名はない。ということは、胴羽目の彫物は後に磯部敬信が彫ったものがつけられ、他は星野政八以下上州の彫師が手がけ、星野政八は総棟梁的な存在で、実際は石原常八が主にてがけたものだろうか。
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