雷電神社( 群馬県

所在地:板倉町板倉2334
彫師:二代 石原常八
彫物製作年代:天保6年 1835年

雷電神社の歴史は古く、推古天皇6年(598)、聖徳太子が天の神の声を聞いて、伊奈良の沼の小島に天の神を祀ったのが始まりといわれている。主な祭神は、火雷大神(ほのいかづちのおおかみ)・大雷大神(おおいかづちのおおかみ)・別雷大神(わけいかづちのおおかみ)。関東周辺に多い雷電神社の総本宮。
上州・板倉の雷電さまにお参りしたら、ナマズを食べずに帰れない、といわれている。付近で食べられるナマズの刺し身、天ぷら、煮物は、お酒ともよく合う。ナマズは板倉地方にとって昔からの神の賜物。雷電神社にある「なまずさん」は、なでると地震を除けて、元気回復、視力改善、自信が湧き出るといわれている。雷電神社にしかないナマズの御守がある。
境内は広大で、境内の中に雷電沼がある。古代、万葉集の東歌に「かみつけの いならのぬまの おおいぐさ よそにみしよは いまこそ まされ」と詠まれ雷電沼のほとりにはこの東歌を刻んだ碑がある。雷電沼からは龍駒・龍馬が飛び出したとも、あるいは龍が棲むとも伝えられ、日照りのときに雨乞いを行い、参拝者が身を清める沼でもあった

 境内の中心には本社(拝殿、幣殿、本社が一体の権現造り、県指定重文)の背後には、奥宮と末社の八幡宮稲荷神社があり、末社は国の重文で、室町時代建立の群馬県最古の建物。江戸に花開く装飾彫刻の前の彫物が見ることができる。本社は天保6年(1835)の造営で彫刻で覆われている。平成元年に修復がなり往時の色彩が蘇っている。拝殿の向拝には素木の彫物がある。彫師は2代石原常八。彫物のテーマは牛若丸、浦島太郎、玉巵弾琴、素盞鳴尊大蛇退治、竜宮、神功皇后など、多彩な彫物が羽目板を飾っている。他に龍などの神獣と唐子の様々な遊ぶ姿が彫られている。
 奥宮は慶応4年(1868)の造営。伊邪那美大神、家内円満・子授け・安産の神様を祀っている。大工棟梁は三村正秀。流造ですべて白木の社で向拝周りに彫物がある。奥宮も県指定の重文。
© 2008 Wakabayashi Jun. All rights reserved.