桐生天満宮( 群馬県

所在地:桐生市天神町1-2-1
彫師:関口文冶郎
彫物製作年代:寛政五年 1793年

 祭神は、菅原道真公をはじめ、公の御先祖である天穂日命を祀っている。桐生天満宮は、第十二代の景行天皇の時代に、上毛野国造が天穂日命を奉斎した磯部明神であり、その後文治三年(1187年)から当地を支配した桐生家が代々の守護神として崇敬し、観応年間(1350年頃)には、京都より北野天満宮の御分霊を合祀して「桐生天満宮」と改称し、桐生領五十四ケ村の総鎮守なった。
 天正九年(1851)に徳川家康が東征の折りには、徳川家代々の祈願所となった。慶長五年(1600)の関ケ原合戦には、軍旗に用いる旗絹を御神前に供え戦勝祈願し、それがきっかけとなり織物市が開かれ桐生織物が栄えるようになった。
社殿は安永七年(1778)に起工して、寛政五年(1793)に完成、「岩の上の天神」といわれるように、本殿・幣殿は岩の上に建ち、当時の建築装飾技術の粋を集めた建物として、群馬県指定の重要文化財となっている。

本殿・幣殿の外壁には彩色された華麗な彫刻が施されており、内部にも同様な彫刻とともに壁画も描かれている。彫師は江戸後期の上州を代表する2人の彫師のうちの一人、関口文冶郎だ。二十四孝などをテーマにした彫刻は繊細に彫られ、腰羽目の唐子遊びもいきいきとし、龍や獅子は迫力に満ちている。関口文冶郎の彫物としては、最もスケールの大きな作品となっている。
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