箭弓稲荷神社( 埼玉県

所在地:東松山市箭弓町2-5-14
彫師:武州河原明戸住 飯田仙之助
彫物製作年代:天保6年1853年

創建は和銅5年712年と伝えられている。祭神は保食神(うけもちのかみ)(宇迦之御魂神(うがのみたまのかみ)・豊受比賣神(とようけひめのかみ))長元3年(1030年)に下総の平忠常の討伐に出かけた源頼信がこの周辺に一泊した際、近くにあった野久稲荷神社に詣で、太刀一振と馬一頭を奉納すると、その夜に白羽の矢のような形をした雲が敵陣の方へ飛んでいくのを目撃し、直ちに敵陣に攻め込んだ頼信は快勝し、立派な社殿を建造し「箭弓稲荷大明神」とたたえたと伝えられる。以来、松山城主、川越城主などの庇護を受けた。江戸中期以降、五穀豊穣、商売繁盛、芸能の神様として広く信仰を集めた。境内にある牡丹園には1300株の牡丹が春には咲き誇る。社殿は権現造りで県指定の文化財。天保6年1853年に造営。棟梁は武州河原明戸の飯田和泉藤原安軌で、彫刻は弟の飯田仙之助。

羽目板の「仙人の烏鷺・斧柯」、脇障子には「黄公石と張良」「項羽と劉邦」などの中国の故事、獅子と牡丹、獅子の谷落とし、拝殿の「三条小鍛冶」、龍、獅子、鳳凰、雉、鶴など様々な題材の彫物がある。拝殿、本殿の外回りの彫刻は無彩色だが、本殿内陣の扉には花の浮彫刻に彩色が施されている。本殿の扉回りは外構と様式が異なるため享保年間(1716〜36)造営の旧社殿のものと想定されている。
© 2008 Wakabayashi Jun. All rights reserved.